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YWAMフレンズ・アップデート(2005年9月-11月)
1. King's Kids Summer Camp
and Outreach のレポート (三宅千恵子)
2. アガペ−心の癒しと和解の旅 (マンデー・なぎさ)
1.King's Kids
Summer Camp and Outreach のレポート
キャンプからすでに2ヶ月以上過ぎてしまいましたが、やっと振り返り、リポートを書いています。まず私たちは、香港で行われたHong Kong Gateway
Campに7月25日から30日まで参加しました。このキャンプは、King's Kids のキャンプというよりは、RTC(Road Through
China) プロジェクトの一環で、主が中国への道を開き、その後の道も準備してくださるようにと願い、いわゆる中国の門である香港にわたしたちは集められたのです。日本からは、わたしの他に、John
Ladueさん、スミス・サクラ(18)、Suzy Ladue(14)、 胡桃沢まな(14)、ノ・イルミン(12)、キム・ヒョンジョン(9)の7人が参加しました。キャンプには、日本の他に、台湾、韓国、アメリカ、イギリス、カナダ、アルゼンチン、スイスなどの国からチームが参加しました。今回は和解をテーマに、共に賛美し、メッセージを聞き、また、香港の町に出て行き、香港の若者達とも交わり、本当に盛りだくさんの5日間でした。今回はわたしにとっても、また、日本からのほとんどの参加者にとっても初めての海外でのキャンプでしたから、最初のうちは、圧倒されていましたが、他の国の子たちの主に対する態度をみて、励まされました。和解というテーマのもとで、国の間の和解だけでなく、お互いの個人的な関係の中での和解も学ぶことができました。私個人としては、和解の話しになると、日本人として、第二次世界大戦中、日本のしたことを思い、いつも後ろめたい気がしていましたが、ある中国人のメッセンジャーが、世界大戦のときのように今度は日本が福音という武器をもってもう一度アジアの国を征服していくべきだと言われたとき、なんだか吹っ切れました。若者たちも今まで和解なんてあまり考えたことがなかったかもしれませんが、身近な関係にも影響してくるこのテーマを考えるきっかけになったと思います。キャンプ中は違う国の子達とも仲良くなり、本当に充実した時がすごせたと思います。
キャンプの後、日本からのチームはイギリス人の5人の若者と1家族と一緒に東京に帰ってきて、8月1日から10日まで、一緒にoutreachを行いました。東京足立区にある福音グローアップ・チャーチに泊まり、東京のいろいろな公園でホームレスミニストリーをしている教会の手伝いをし、週末には調布南キリスト教会で、若者たち自身で練習したダンスやスキットを披露したり、地域の子どもたちとの交わりも楽しみました。また、和解は人との身近な関係をつくっていく事から始まると、キャンプで学んだわたしたちは、ジョンの英会話レッスンを手伝ったり、荒川沿いでバーベキューをしたり、と地域の人たちと出会う場にもでていきました。とにかく暑かった(とくにイギリス人にはきつかったと思います)ですが、健康も守られ、みんな文句も言わず、神様に与えられた賜物を用いてイエス様の光を日本の地に輝かすことができました。チームの中でも文化の違い、年齢の違いなどありましたが、神様はチームに一致を与えてくださりました。また、ひとりひとり、人間関係を通していろいろ学び、神様への思いを新たにしてアウトリーチを終了することができました。若者たちからの証の中で、これからは神様との時間を大切にする決心、神様が金銭的な必要を満たしてくださった、などそれぞれの思いを聞くことができ、わたしも励まされ、主に感謝をささげました。日本での新しいKing's
Kidsのためにお祈りをいただき本当にありがとうございました。
2. アガペ −心の癒しと和解の旅 (マンデー・なぎさ)
8月15日、極東と西側の終戦日。
極東にある日本では、広島と長崎での原爆は大変悲惨な歴史となりました。この終戦を憶えて毎年靖国神社で慰霊祭が行われています。反対に西側、英国でも毎年追悼式が行われています。病んだたましい、肉体、未だに夢を見るほど、残酷な記憶、怒り、反日感情・・・。この国々の間にいったい何があるというのでしょう?
この問題を取り上げ、両国間の和解と癒しを行っているのがアガペの働きです。
1995年、私が二度目の英国を訪問した際、戦後50周年を迎えていました。BBCでは日本では全く放映されることのない戦争の悲劇、ドキュメンタリーがあり、それを見たときとてもショックを受け、まるで鋭いナイフで心をさされた思いを体験し、無知という恥を感じました。学校の歴史のクラスで全く習ったことのない事柄、どれだけこの友好関係にある英国に反日感情を抱く人々が存在するか皆さん想像されたでしょうか?今日では60周年を迎えましたが、個人的に戦争は終わっているのでしょうか?
アガペに関わって、もはや一年が過ぎようとしています。以下に紹介されているように、Keiko Holmesさんは英国人と結婚なさりましたが、夫をバングラデッシュの飛行機事故で亡くされ、二人の息子さんとともに今日まで歩んでいらっしゃいました。去年、私の教会の友人を通して知り合いました。当時、アガペ事務所でボランティアを探していらっしゃり、週に一度か二度、お手伝いしています。恵子さんは三重県の紀和町の生まれで、近所にある英兵人捕虜外国人墓地にふと、お母様と亡きご主人と訪ねた際、彼ら個人の墓地があることを彼らの家族に知らせなくてはという思いがきっかけで、アガペの働きが始まりました。毎年POWの方々が亡くなって行きます。そんな中で一人でも多くの傷ついた心を主のアガペの愛、和解を通して癒されることを祈り、この働きは続けられています。恵子・ホームズさんが書かれた 「アガペ・心と癒しの旅」が出版されています。ご興味があれば是非読まれることをお勧めします。
紹介
恵子・ホームズ (Keiko Holmes OBE)
三重県紀和町出身。県立紀南高校卒業後、東京で英国人のポール・ホームズ氏と出会って、結婚。1979年二人の子供とともに英国に渡るが、84年不慮の飛行機事故で最愛のご主人を亡くす。その後、元戦争捕虜の人たちを中心に、日英の和解を進める 「アガペ」を主宰し、「心の癒しと和解の旅」も16年を超えるに至った。98年には、その功績が認められて、エリザベス女王から「大英第四級勲功章 OBE」を授与され、翌年、99年には日本政府より外務大臣賞を授与される。その後、「アガペ」の活動は、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、カナダ、東南アジア各国、韓国、中国、インドへと広がってきている。
巡礼 − 心の癒しと和解の旅
年に一度か二度、元戦争捕虜やその家族を連れて日本に2週間ほど滞在します。主に、強制就労キャンプだった地 (九州、山口、広島、京都、横浜、東京)へ赴き、墓地で慰霊祭などが行われます。また、必ず、一泊日本の家庭にホームステイを体験し、現在の日本と日本人を紹介し、分かち合っています。多くの証のうちのひとつをご紹介します。
証し
ジミーの手紙
1992年10月24日
恵子、イルカガール、ワンダーウーマン、やった!あなたは実際に21人のイルカボーイズを彼らが1994,45年にあれほど憎しみ嫌っていた捕虜収容所に連れ戻したんですから。分かりますか恵子、1942年以降すべての捕虜たちは私たちを捕虜にした日本兵たちを当然ながら毛嫌いしていたのです。50年もの間私たちの心に憎しみが宿っていたのです。実際ほんの少数の者は許そうとしています。しかし、我々大多数は日本兵が我々に犯した残虐行為を決して忘れることも許すことも出来ません。私の書くことに気を悪くしないでください。あなたに私たちの憎しみの深さを知って欲しいのです。私たちの日本訪問は本当に奇蹟なんです。
3年半の捕虜生活を通して、酷い取り扱いと、栄養失調、さらに病気に冒され、何千人もが死んでいく中、私は警備員の中に哀れみや人間らしい人を見出そうと努めましたが、一人もいませんでした。
タイーブルマ鉄道の収容所にいたとき、その週、100人の捕虜の死の報告を受けた日本人司令官は声を立てて大笑いしました。「死の鉄道」については多くの本が書かれました。白人労働者と奴隷支配者(日本兵)がタイのジャングルに鉄道を建設しました。タイやシンガポールの広大な土地が若い兵士の墓で占められ今日に至っています。
シンガポールから門司(九州)までの海路は荒々しくおそろしいものでした。多くの捕虜たちが海の藻屑と果てました。こうして日本軍の手によって死んで行った若い英兵は、実際、虐殺されたのです。しかしながら、今は奇跡が起こったことが記録されました。ビルマにいたパットも入れて、私たち21人は実に再びイルカ(三重県)を徘徊したのです!
1943年に若い英兵将校が怒りを爆発させて叫びました。「日本の文明とか文化のことなんか、決して、話さないでくれ。をよく言うような者は偽善者だ。日本人は残虐な忌まわしい黄色人種だ。半人半獣で、かれらの存在自体がこの世を汚す。日本人が世界を征服するようなことがあれは、この世は終わりだ」。 この叫びは幾度となく繰り返され、世界の兵士の間にこだまして行きました。
ほんの一年三ヶ月が入鹿(イルカ)での捕虜期間でした。そこに足をひきずって行った300人は既に骨と皮にやつれ果てていました。
イルカボーイズの多くが実証したように、入鹿収容所はタイのジャングル当時と比べたら非常によかったんです。寝るところには屋根があり、服も与えられた。粗末だけれど鉄道時代の裸よりはよっぽどよかった。食料不足が限界に来ていた。私の入鹿での記憶といえばまず、ひもじいのと寒さです。二年半続いた熱帯ジャングルから急に寒風の生活に、やせ細った私たちの身体は大打撃を受けました。骸骨のような私たちは次々に死に襲われ、望みを失いました。私の体重は46キロで、生きることがやっとでした。
やっとあのすばらしい日が訪れ、私たちは完全に自由になったのです。そして私たちは誓いました。祖国に帰ったら決して二度と再び放浪しないと。
しかし、ミラクルが起こった!ビルマ捕虜のパット・ブラジルを入れて21人は日本再訪を遂げたのです。
そしてねえ、恵子、私たちが神父の記事を読んだときに、47年間の憎しみの魂がほぐれたんです。日本人が、人に知らせることも無く、私たちの戦友の墓を心を込めて守ってくれていた事に感嘆して。
生きていようと死んでいようと日本人には私たちを思う気持ちがあるなんて思いもしませんでした。入鹿の人達と肩を抱き合ったりして行くうちに、その感嘆が次第に愛に変わっていきました。もし、日本軍に入鹿の人達のような情けがあったなら入鹿には墓はなかったでしょう。だから、私たちにとっては、戦友の墓に敬意を表しにいった以上の意味があるのです。私たちの心の底にできた憎しみと言う癌細胞が取り除かれたのです。私たちの多くは許すことも忘れることも出来ませんが、憎しみが消え去ったのです。
本当に、本当にありがとう。そしてサンキュー。あなたや神父さん、お神室さんたち、ロンドンの人達、協力者やボランティアの人達、思いで深い旅行中に出会った愛すべき人達への感謝は、言葉では言い表せません。
皆さんのご努力が日本の一般人には人間らしさ、また愛があることを私たちに示してくれました。47年間私はこのように言えるなんて思いもしなかったのですよ。恵子、あなたはこの世を素晴らしいものにしました。ここに、70歳を超えた私が、柔らかくなった心の底から感謝しています。
愛と賞賛を込めて。
ジミーより
この七月七日のロンドン爆弾の直後、主人クライブと私はLondon日本大使館に「夏季平和有効会」に招かれ、そこで何人かの極東戦争捕虜だった方々と会話ができました。多くの人達はもうすでに80歳を超えています。私たちの想像を絶する残虐な体験を受けて来ている人達ですが、大変心を開いて、素直に彼らの感情は経験を語ってくれました。言葉を無くしました。
あれ程残虐な体験をしたにもかかわらず、私(日本人)を受け入れ、私を見つめ、手を握り締めて語ってくれているのです。憎しみを超えて。彼らが神に従い、許しを強く決心したとき、彼らは自由へと解放されていきました。過去への再訪、怒り、憎しみに対面することによって、彼らの戦争は終戦を迎えました。ハレルヤ!
10月にはパラダイスミーテイングと言って、日本へ既に行かれた方たちの同窓会がありました。キリストにあって和解し癒されていく人達に会えることは主にあるものとして、そしてアガペの働きに関わる者として、とても励まされ、光栄なことです。
これからのアガペの働きと今後の方向をお祈りください。特に経済面、後援者、政府等。
現在特になっている注目されている中国、韓国との関係をアガペがどのように介在して行けるかなど。
具体的な活動はこのウエブでご覧ください。
For more details : www.agapeworld.org
Email:agape.uk@gmail.com
書籍案内
憎しみからは憎しみしか生まれません。
過去の過ちを謝罪し、許し合い、和解をして初めて
"心の平安"を得ることができるのです。
アガペ
心の癒しと和解の旅
恵子・ホームズ著 いのちのことば社 フォレストブックス
故郷の人たちが長年守り続けてきた英兵捕虜の墓。その心を伝えたいという一人の日本人女性の思いが、第二次世界大戦中に日本軍の捕虜だった英国の人たちの日本人に対する憎しみを癒し、劇的な和解へとつながった。1988年から始まったこの謝罪と和解の働きは、多くの人たちの熱い支援を受けて、15年を越えるに至った。今では、オーストラリア、アメリカ、カナダ、東南アジア各国、韓国、インド、中国へと広がっている。熱い涙と深い喜びに満ちた、その"愛の奇跡"の記録。
太平洋戦争で傷ついた人たちの心の癒しと日本人との和解の旅を通して、半世紀後に、かつて敵同士だった人たちの間に、多くの友情が芽生えました。
推薦のことば
「過ちを素直に認め、すまなかったと謝るときに、新しい平和の基礎が築かれるのではないでしょうか。その素朴な心理を、この本は読む人に教えてくださることとしんじます。」
「難民を助ける会」会長 相馬雪香
恵子・ホームズ (Keiko Holmes)
三重県紀和町出身。県立紀南高校卒業後、東京で英国人 ポール・ホームズ氏と出会って、結婚。1979年二人の子供とともに英国に渡るが、1984年不慮の飛行機事故で最愛の主人を亡くす。その後、元戦争捕虜の人たちを中心に、日英の和解を進める 「アガペ」を主宰。その功績が認められ、1998年にはエリザベス女王から「大英第四級勲功章
(OBE)」を、翌年には日本政府より「外務大臣賞」を授与される。
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Her pilgrimage are broadening its places in Asia, Australia, Canada.
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