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YWAMフレンズ・アップデート(2005年6月-8月)
1. 西アフリカへの医療宣教リポート (川嶋康裕、フリーランス麻酔科医)
2. A Call To The Nationsのハワイホノルルでの会議の報告 (木村洋美Holly)
3. クリスチャンの働きにより、津波犠牲者がキリストへ 7月27日11:29:18AM発「クリスチャンポスト」より
1. 西アフリカへの医療宣教リポート (川嶋康裕、フリーランス麻酔科医)
5月14日から6月21日まで、四度目となる短期医療宣教旅行に行きました。今年は西アフリカのリベリア共和国に停泊中の病院船、マーシーシップ、アナスタシス号で三週間強麻酔医として働き、その後シオラレオネ共和国の病院に麻酔用品等を献品し手助けしました。場所と内容はほとんど昨年と同じでしたが、今年は腰痛に悩まされ、ホームシックになり、家族と体調、福岡を再び襲うかもしれない地震の不安で動悸を感じながらアナスタシス号に乗船しました。最初の夜眠れず、一晩中祈り、自分
と家族を主にささげました。そして主が生かしてくれました。
船では、朝から晩まで立ちっぱなしで、昼食10分、夕食15分の忙しさで3週間働きました。日本にいる時の3倍くらい働きました。「自腹で行って無給なのに、こんなに忙しくよーやるね」と思いました。でもこれが楽しいのです。神に仕え、貧しい人に仕え、世界宣教に貢献するという一つの目的のために皆が一致して働く姿は美しいです。教科書にも書いていないような、今まで見たことのない病気、やったことのない手術の麻酔がありました。麻酔方法、起こりうる危険を想定して麻酔計画を立て、神にゆだねて実行しました。これがことごとくうまくいったのです。自分の力ではありません。神様が自分の周りで、また自分を通して働かれるのです。このように神の臨在を感じることが、私の働きを続ける大切な動機です。船上で24名に全身麻酔、11名に腰椎麻酔を施しました。
アナスタシス号では、伝道集会から、現地の牧師の訓練やアルファによる着実な個人への伝道へと、やり方を変えています。リベリアの首都、モンロビアの空港では、アナスタシス号のTシャツを着ていたおかげで、普通ならスーツケースを開けて賄賂を
要求されるところを、フリーパスとなりました。マーシーシップスが西アフリカでよい働きをしている証です。また、船では未信者のビクターという人が麻酔医としてはたらいていました。どうぞ彼の救いのために祈ってください。
シオラレオネのルンサにある病院は、昨年訪問した時は麻酔部門が日本の50年前くらいかと思えるくらい悲惨な状況でしたが、この一年スペインやイタリアの援助が入ったおかげで20年前の日本くらいまで進歩していました。嬉しいような、さびし
いような感じでした。ルンサの街では金品をせびる人がふえた感じがしました。今行われているカトリックの学校教育から、神を恐れる有能な指導者が出ることを祈ります。
ルンサより奥地のマイル91という街では、シスターたちの管理する診療所がありました。蒸し暑くて、虫が多いところで、この看護婦のシスターたちは限られた資源で限られた診察をしています。シスター達は無給で患者の中には医療費を払えない人も
います。日本からの援助と患者の医療費でこの診療所は運営されています。修道会が異なるため、スペインやイタリアからは支援はできません。援助したい方は、手を貸す運動(http://www6.plala.or.jp/tewokas/index.htm)までご連絡ください。
私はアナスタシス号がアジアに来たら、家族で長期間船に乗り込む予定ですが、そのめどが立つまではまだ時間がかかりそうです。アナスタシス号をあと20年もたせるのにいくらかかるかの調査が入り、基準以上ならはアフリカのどこかの港に固定させて病院船として使い、新たな船をアジアのために購入し、もし基準未満なら修理してアジアに回すという計画があるようですが、私はアジアの宣教病院船で働く夢はあきらめません。当面、毎年一ヶ月アフリカに行って病院船での麻酔奉仕とシオラレオの診療所の手助けをしながら経験を蓄積し、いずれアジアで、太平洋戦争中に日本人が犯した罪をお詫びして医療宣教するのがビジョンです。主よ、アジアに宣教病院船をお与えください。
最後に、生ける主と、お祈りいただいた方々、忍耐して留守を守った妻と子供たちに感謝します。この働きは家族全員の共同作業です。主の祝福が支えてくださった皆様の上にありますように。
2.A Call To The Nationsのハワイホノルルでの会議の報告 Holly Kimura
6月23日(木)から25日(土)にハワイ、ホノルルにおいてA Call To The Nationsの会議があり、清水やよいさんと、Sharonさん、そして私がそれに参加することができました。 私自身、約2年前から文化の贖いに関する召しを受け、導きがあってイベ
ントのことを学ぶ為にこの前の1年間海外に行っていました。 日本に帰国後、今からやく半年ほど前の事ですが、ちおりさんからこのハワイでの会議で賛美舞踊をしてほしいと依頼を受け、祈った結果導きを感じ、参加して参りました。
YWAMのプレジデントであるジョン.ドーソン他何人かのゲスト.スピーカーが各国から来て、文化や宗教、民族の持つ意味などを習う時を持ちました。 また、会議の中で各国からのクリスチャンが主に捧げる民族ダンスを披露しました。 今ハワイ
では教会同士が一致してきていると聞いていますがハワイアンダンスが多くそれに用いられているのを感じました。
スピーカーの中にこの会議のManagementに関わっているダニエル・キカワもいました。 彼の神教と茶道に関する話は、日本人が伝統、文化の中からも神を求めていることを思わずにはいられないものでした。 そして、神は日本という民族を忘れてはいないことは思い返す時となりました。
会議2日目の朝、アメージンググレースに合わせて賛美舞踊を踊りました。 今回この会議に出る前に着付けや踊りをよく知っているご夫妻が私に手ほどきをしてくださり、色々着物に必要な物も揃えて下さり、今回に臨むことができました。 このこと
で私が感じたのは、神様は生半可な形(思い)でこのミニストリーに臨んでほしくないのではないかというものでした。 主の油注ぎのあるこの賛美舞踊によって、今回、見た人々の心の中に文化を贖う事について何かを植え付けたようでした。
3日間の会議を通して一つにまとめられる言葉は、"Broken Wall"です。 この会議の賛美礼拝でBroken Wallというカナダからのグループがワーシップを導きました。 とてもパワフルな賛美でした。 そして、このグループを通し、このことばが主からの確認(Confirmation)だと信じました。 なぜかというと私は、ハワイに行く前にこのBroken
wallについて語られていたからです。 ハワイの前にLAに去年の宣教報告のため寄って来ました。 その時、主に何を話すべきかを祈っていたところ、エリコの壁について(Broken Wallについて)話す事を聞きました。
私達、そして各国の前に大きくはばかる壁、それは、人間の目から見ると崩れる事がなさそうな厚い壁ですが、神のことばを聞いてする預言的行動によって、その壁はエリコの壁のように崩れ落ちます。 日本人に「神は愛です」と伝道しても、どんなに
神にある真理を言っても、人々の心には到達しないのが現状かもしれません。 そこには霊的大きな壁があるのだと思います。 神の言われる方法で預言的行動をするとき、そのはばかっている大きな壁が崩れ落ち、日本人の心に神の剣が刺し通される時がいつか来ると信じます。 そして、この思いが今回の会議でより一層深く信じる時となりました。
私は会議によってなにか感情的にエキサイトすることはなかったのですが、ハワイから帰ってきて、気が付くのは、その霊的壁を打ち崩すことについていつも考えたり祈ったりしている自分に気がつきます。 どうやら、何かをハワイから持って帰って
きたらしいです(笑)。 今回この会議に参加できたことを心から主に感謝します。
3.クリスチャンの働きにより、津波犠牲者がキリストへ 7月27日11:29:18AM発「クリスチャンポスト」より
「私たちが信仰の目をもって見るとき、私たちはどんな状況においても、この地震と津波の 大災害の跡にさえ、主の良い業をもたらす使者になることができる。」
217000人の命を奪い、より多数の人たちの生活を破壊したあの南アジアの津波大惨事から6ヶ月以上が経とうとしているが、今もなおユースウィズアミッションは、生存者たちの物質面、心情面、霊的面の必要に対してボランティア活動を続けている。
世界保健機構は、この災害は500万人に及ぶ人々から基本的な快適生活を奪ったままであると伝えている。しかし、YWAMのトップリーダーによれば、すべてが失われたわけではない、という。YWAMのインターナショナルチェアマン、リン・グリーン師は、この災害から数週間後に語っていた。 「私たちが信仰の目をもって見るとき、私たちは、どんな状況においても、この地震と津波の大災害の跡にさえ、主の良い業をもたらす使者になることができます。」
YWAMの最近のレポートによれば、深い絶望の淵で人々がキリストに導かれたケースが多く報告されている。タイの難民キャンプにいる女性の場合、彼女自身が主に出会っただけでなく、家族全員が救われた。この女性(名は安全のために明らかにされない)は、YWAMのボランティアの証を通してキリストを受け入れた。YWAMによれば、この女性はかつて誰の目にも絶望的な状況だったが、今自分の住んでいる新しいキャンプで教会を始めたいと願っているそうである。
タイの他の地域にでは、YWAMは数々のグループからなるコンソーシアムと組んで働いている。これらのグループは、家の修理、英語教室の指導、何百という漁船の建造や何千もの魚網を織るといった働きをしている。彼らは一応に「We
love Thailand (私たちはタイを愛す)」という名で知られているが、現在22箇所のコミュニティで津波生存者たちのために奉仕している。
一方、インドにおいては、津波で手押し車を失ってしまった25人のピーナッツ販売人のために、YWAMは手押し車、ストーブおよび容器を供給した。また他の村では、まだテントで暮らす203組の家族に、1015キロの米、203キロの木豆、203リットルの食用油を配給している。彼らYWAMは一日50人の人にカウンセリングを、5000組の家族に小児麻痺予防接種を、10000人の子供たちのため休暇特別聖書学校を、さらに500人の子供たちに学校の制服、教科書、靴を提供している。
またインドネシアでは、パートナー達が家の建て替えのためにドアや窓、トイレを捧げ、小ビジネスを開発するために金銭的援助をしている。約150人の人を雇用し、ビジネス開発や家内工業を始められるように建物の修復にあたっているという。
ワイワマーのステーシー、ジルソンによれば、救済活動はすべて福音伝達の一部であるという。「主イエスの愛と恵みをもって一人一人に触れていくだけです。」
(日本語訳 CK)
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